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井波の紹介

野原博史さんの井波物語

井波物語井波でお寿司屋さんを営まれる野原博史さんが、
井波の歴史を紹介する「井波物語」です。

文:野原博史さん(美好寿司
挿絵・イラスト:藤井治紀さん(砺波市)
デザイン・編集:薮道子さん(砺波市)

【そのニ】傅大士像・松島城址の神武天皇像

傅大士像松島城址の神武天皇像
こちらからダウンロードも出来ます(4.00MB)

傅大士(ふだいし)像

瑞泉寺山門楼上には傅大士像が安置されています。
傅大士は、中国南北朝時代斉(せい)の人で、弥勒菩薩の生まれ変わりとも言われ、輪蔵(りんぞう)の仕組みを考案したことで知られています。左右には子供の普建(ふけん)と普成(ふせい)の木造が安置されています。

室町時代、北陸地方の布教に赴かれた本願寺五世綽如上人は、浄土 天台密教の比叡山で修行され、辞して井波の杉谷に草庵を築かれました。

毎日、如法衣(にょほうえ・黄色い衣)を身にまとい、三経義疏(さんぎょうぎしょ・勝鬘(しょうまん)・法華(ほっけ)・維摩(ゆいま)を唱えられていたそうです。「井波物語 その一」でも述べましたが、三門様式や山門楼上にある釈迦三尊像と傅大士像等が
ある所以はここにあると思われます。

それ故現在でも、瑞泉寺では涅槃(ねはん)団子がまかれ、白像の花祭りの行事が行われています。真宗の寺としてはとても珍しいことです。

傅大士(497−569)

在俗の仏教信者で、民衆教化につとめた。
転輪蔵(回転式の書架)を発明したことで知られる。
像の中央が傅大士、向かって左に普建、右に普成。

【松島城址の神武天皇像】

私が井波で一番好きな場所の一つに松島古城公園 (歴史公園) があります。そこには何となく歴史の匂いが感じられるのです。

その公園の中に神武天皇像が建っています。
神武天皇には八咫烏(やたがらす)と金の鵄(とび)の物語が言い伝えられています。

八咫烏は 『日本書紀』 で神武天皇の東征に際して熊野古道を道案内したという三本足の烏で、鴨(かもの)県主 (あがたぬし)(加茂神社の祖) と言われています。一方、金の鵄には、東征で大伴家持の先祖・日臣命(ひのおみのみこと)が大和で激しく戦った際、弓の先に止まった鵄に光が反射して神武天皇を助けたとされる物語があります。

日章旗の旗竿上部に金の玉が取り付けられていますが、これは先述の鵄を略したものではないかと考えられます。

松島古城公園にある神武天皇像は、明治四十二年(一九〇九年)建立されました。富山県には氷見の朝日山公園にもあり、双方とも高岡工芸学校長の大塚秀之丞(ひでのじょう)の作です。 鏡石には、乃木希典(まれすけ)により「忠魂」という字が篆書(てんしょ)で書かれています。

第二次世界大戦の敗戦の折、連合軍総司令部の指令で 「忠魂碑」 の文字が削られたらしいとのこと。その後、原型の写真を見て斉賀弥右衛門によって筆跡を書き上げられ、北村石工により刻まれて現在に至ります。

斉賀先生は私の同級生の大徹くんの父であり、北村石工の子供さんが、また同級生の繁雄くんです。その方々のおかげで井波の歴史が守られてきたことは、感慨深いものがあります。

その一方で、弓の上部は長年の風雨により損失し、金の鵄も失われたままです。一日も早い復旧を願っています。

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